「ポロポロ」読了。

 田中小実昌著「ポロポロ」(河出文庫)読了。コミさんはやっぱり凄い人だね。どうして芥川賞じゃなくて、直木賞を取ったのかな。
 「なんで言語学者田中克彦なんかが解説を?」と思っていたが、この本の正しい読み方ができているので感心する。というか自分がそこに気づけなかったことを、恥ずかしく思う。

 印象的なのは、言葉や概念に対して盲目的でないコミさんの姿勢。これこそ哲学だね。内容は戦争行軍中の話がほとんどだが、あくまでもそれは題材に過ぎず、「書くこと」に対していつも慎重で、真剣で、誠実だ。「ああ、自分の言葉は陳腐でにせものだ」、と思い始めたら、怖くて何も書けなくなってしまいそうなものだが、それでは何も解決しないだろう。

 いくつか抜粋しておく。
・「おどろいたかもしれないが、そういう表情はなかった。行軍のあいだに、みんなは、それこそ表情をなくしていた。プラグマティズムふうに安易な言いかたをするならば、おどろいた表情、反応がなければ、おどろいているとも言えないのかもしれない。」
・「それも、ほんとは、物語でないものが、自分にはあるんだが、口にでると物語になってしまう、というのでもあるまい。物語をはなす者は、もうすっかり、なにもかも物語なのだ。」
・「憎む、というような、たいへん直接的な感情でも、やはり学習しないと、その感情があらわれてこないのではないか。」